農園紀行 Single estate
 

さび病で枯れてしまった葉
  「コーヒーとチョコレートが将来なくなるかもしれない」

この様な話をお聞きになった事があるだろうか?

事実、チョコレートの原料となるカカオは需要と供給のバランスが大きく 崩れ、2014年には世界貯蔵がゼロになるとの試算がある。危機の主要な原因は、カカオの大生産地であるコートジボワールで10年から11年に起きた内戦だ。
その影響は世界のサステイナブルな在庫の総計の40%を生み出している地域のカカオ産業を麻痺させ、またその他の地域でもカカオの在庫を確保しようと大規模なプランテーションで無計画な生産が行われ、多くのカカオ農家が不当労働や大資本との競争の問題から廃業を余儀なくされて原産量が激減しているのだ。

一方のコーヒーはというと原料価格が消費国の増加とファンドの流入によって高騰した局面がようやくひと段落した2013年初頭、新たな懸念材料が飛び込んできた。

世界の生産量の15%程度を占める中米で大減産予想が出ているのだ。
原因はコーヒーの大敵である「サビ病」である。
 
そもそもサビ病(Roja)は本来低地で起こるべき病気だったが低地はもちろんの事、温暖化(産地では通常期より気温が2度 程度上昇している)により対策を講じていなかった高地で被害が広がっているという。サビ病はまず葉に黄色い点が現れ、それが葉に広がり最後には葉ごと落ちてしまう。

葉がないとチェリーに栄養が届かず熟さない上に光合成ができない為、木自体も死んでしまう。この恐ろしいサビ病対策となる農薬は数年散布し続けてようやく効力を発揮するので今まで散布していなかった地域は被害の継続と更なる拡大も予想されているらしい。

現状被害が出ているのはグァテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、パ ナマ、コスタリカ、ニカラグアで、パナマは50%減、 サルバドルは原種を植えている農園で全滅したところもあり、またグァテマラのアカテナンゴは60%減産、アンティグアで50%減産という情報もある。

被害予想が大きくなりだした事から各国のCoffee Boardも救済策としてサビ病対策を講じホン ジュラス、コスタリカ、グァテマラ、ジャマイカでは国として非常事態宣言を出す事態となっている。(2013年2月現在)
 
これを踏まえて世界のバイヤー達が注目する地域がある。
「アジア」だ。

現在、すでにコロンビアを抜いて世界第二位の生産国となったベトナムをはじめ、タイ、中国、ネパールへ各国のバイヤー達が訪れ今後の大減産が予想される分の手当てに奔走している。

ここでは先日訪れたタイ(タイレポート参照)と並んでコーヒー新興生産国として注目を浴びているネパールの現状に触れてみたい。
 
産地の移動は4WDが基本。ルーフに荷物をのせていざ出発
 

ネパールのコーヒー産地はヒマラヤ山系の麓、
高地栽培がメイン
  ネパールにおけるコーヒー生産の歴史は浅い。 栽培が始まったのはほんの30年前。輸出の本格化はほんの5年前である。
ネパールは生産性に乏しい山岳地帯の土壌に商品作物を栽培することで国の新たな農業開拓、農村の貧困緩和、土壌侵食の防止と、生態系の多様化を図ってきた。

そして今、大生産国の減産に加えオーガニック&フェアトレードという付加価値がネパール産コーヒーの追い風となっている。

コーヒー栽培の舞台は、都市の大気汚染から遠い場所に位置したヒマラヤ山系。雨季と乾季があり霜が降りない標高600〜1500メートルの地域で繰り広げられるハイランド(高地栽培)が主流だ。

樹はアラビカ種がメインで、ライチやバナナ、オレンジなどの木と間作することでシェイドグロウン(日陰栽培)を実現し鳥の生息環境を生んでいる。

貧しく自給自足に頼っていた零細農家が栽培を行うため高価な農薬や化学肥料が使われることもない(有機栽培)。
 
さらには一部ではあるが栽培指導が国内の生産者組合を通じて行われ、海外NGOや政府団体の技術援助のバックアップにより、貧困緩和策としてのコーヒー栽培体制を維持する取り組みもある様だ。  
上手く日陰樹を配置している
農園はコーヒーの葉色が違う
 
程よく熟したチェリー

シェイドが整った農園は森にしか見えない
 
 

収穫はハンドピック。
熟したものだけを収穫していく
  なんだかできすぎた話ではないか。

いや、そうでもない。
豆の価格は生産者とは無関係にニューヨークやロンドンの商品取引所で決定される。

コーヒーの国際市場はこの仕組みで不公正な搾取の構造へと変貌を遂げてきた。
ネパールコーヒーの主な輸出先は日本(2012年4月現在)だが最近ではUSAID(米国国際開発庁)の官民コーヒー生産者支援プロジェクトを通じてアメリカでも民間企業の取引が増えているという。

コーヒーマーケットに遅れて参入したネパール。 世界コーヒー市場の失敗と反省を土台に、持続可能な農業と開発を支持する消費者の需要獲得を期待したい所だが現実はそうでもない。 ネパール農業省の役人との面談では世界が期待するネパールコーヒーの未来像には大きな温度差があった。

「国土が狭く農地の大部分が斜面であるネパールにおいて最重要視されるのは米の作付け面積の確保である。コーヒーの作付けを増やす為の資本投下は国内単独では難しく諸外国からの資本に期待するに留まるという方針は変わることがない」と明言する役人と「卵が先か、ニワトリが先か」の問答は不毛だが、今後のコーヒー供給のキャスティングボードを握るかもしれないと考えられる国の指針がこれではやはり心もとない。
 
農業試験場で役人に「この木の品種はなんですか?」と逆に尋ねられるに至っては言わずもがなである。
生産者も生産における正確な情報を供給されているとは言い難く生産と精製処理にはまだまだ大きな課題が残る。

多くの農園では限られた農地で収量を増やす為、在来種からカチモール種(東ティモール起源。元々は他の交配種をカトゥーラに「戻し交配」して作った矮性の耐品種である。優れた耐病性を持ち高収量で収穫性がよく、また戻し交配したことによって品質も多少改善したと言われているが、インドネシアでアテン等と呼ばれ小規模農園で栽培されていくうちに、他品種と交わり、さまざまな性質のものが乱立して品種の独自性に懸念がある)に植え替えを図っている様だ。農地を増やす事が出来ないのであれば逆に地域特性の生きたキャラクターのカップを育てるべきだと思うが、この辺りの迷走もきちんとした情報や指針がないのが一因だろう。
 
休耕地や畑の合間には菜種畑を作り土地の負担を軽減している
 
精製処理工程でも発酵槽における処理に疑問が残る。
ヒマラヤの雪解け水により水源が豊富な農地では収穫後に豆を水に漬けて行う発酵処理にも当然この水を使っているのだが、どうも水温が低すぎる様だ。発酵は水中微生物の持つ分解酵素の働きにより種子を取り囲むペクチン層を分解する為に行うがこの水温では発酵がきちんと進まない可能性がある様に思う。

しかし、言い換えるとこれらの問題がクリアになった時のこの土地が持つポテンシャルに世界が魅力を感じているからこそ世界のバイヤーがネパールに注目するのだろう。

事前に私が試験してネパール行きを決断したカップが中米各国の高品質豆 にも劣らないクォリティであるとの評価を品評会で得ているのがその証拠だ。
 

天日干しの合間にも欠点豆を取り除く

直射日光から定植したての若木を守る
シェードハウス

苗木は根詰まりを起こさない様に
深いポットで育苗される
 
 

ブロッカの幼虫
  また現地ですこし気になる話があった。

サビ病と並ぶコーヒーの大敵「ブロッカ」がネパールでも発生しているという。

ブロッカは根から侵入しコーヒーの実を食い荒らす米粒よりも小さな害虫で主な被害のある中米では薬品や忌避剤による施術が必須であるが、聞くところネパールではあまり具体的な対策が講じられてはいない様だった。
 
ここで思い出すのは以前訪れたアフリカの農園主の「虫たちも生きている。私たちも生きている。私は度を過ぎた防虫は自然のバランスを崩してしまうと考えている」という言葉だ。

推測ではあるが、同じような考え方が主にネパール(国民性に)にもあるのではないか?(もちろんブロッカの被害に対して認識が低い事もあるだろうが)

コーヒー園では様々な動植物が共存する。

いくらネパールでも少し工夫し有機的な忌避剤などを利用すれば虫だけを退治して被害を防止できるはずだ。
 
生産者の方々の優しい笑顔が素晴しい
だがそうしない所に釈迦の慈愛を感じるのは私だけだろうか?

ネパール農民も本気になれば害虫や鳥のシャットアウトなど簡単に出来るはずである。

ところが、彼らはそうはしない。

できるのに、しない。なぜか?

ネパールの農民は収穫を鳥たちと分かち合い共存を図っているのではないだろうか? 

自然の中で彼らは競争関係にある。

しかし、虫や鳥たちも生きている。

コーヒーを食べる虫を鳥は食べ、ニワトリは卵を産み、鶏糞は良質の肥料となり、野生の鳥達も果実を食べ種子を運んでくれる。ハトも実益はほとんどないがそのかわり「平和」を伝えてくれる。

虫や鳥たちとの競争的平和共存が彼らの目的であり農民の生きとし生きるものへの限りなき優しさの発現なのである。

コーヒー栽培はこれが本来の姿であるべきなのだと思う。

さえぎる樹木を取り除き、日当たりをよくした農園(プランテーション) に植えられたコーヒーの樹は日陰栽培よりも成長スピードも収穫量も上がる。安い労働力と農薬、化学肥料を投入してコーヒー単作を 促進することにより、国際競争力は上がるかもしれないが、一方で労働の搾取と、土地の疲弊が進む。

これによって生まれる弊害が前述のカカオ農家の減少やサビ病の大発生であることは想像に難くない。
 
 
経済的にはこのネパール式農業は不効率きわまりない。

しかし、その代わり経済効率を追求してきた私たちが無慈悲に見捨て、切り捨ててきたものが
ネパールではまだ至る所で受け継がれ大切にされている。

推測、憶測かもしれない。読み込みすぎかもしれない。

しかし園内で囀る鳥たちと容認している農民を見ていると心和み、深く癒やされることは確かだ。

よそ者の勝手な感傷にはちがいないが自然との競争的平和共存の時代がかつて世界ではあったし、
現にいまもネパールにあることはまぎれもない事実である。

マーケットの事情に左右される事なく、この競争的平和共存の考え方が
ネパールコーヒー産業の指針として受け継がれる事を願いたい。
ヒロコーヒー
焙煎責任者 山本光弘
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