農園紀行 Single estate
 
 

葉を枯らす恐ろしいさび病
 

今コーヒー業界が抱える重要事項が2点ある。
受供給に関わるバランスの崩れとそれに伴う価格の乱高下 (これにはマーケットの意向とは全く関係なく流入してくるファンドの影響も少なからずあるが詳しくは別の機会に述べたい)
そしてもう一点が南米を中心に広まり収束の目処が未だ立たない「さび病」の被害だ。 
「さび病」との戦いの歴史はコーヒー業界の歴史と言ってもよい。"Coffee Leaf Rust"の頭文字からCLR、又はスペイン語圏では"Roja"、"Ferrugem"と呼ばれる「さび病」は「コーヒーさび病菌」Hemileia vastatrix (ヘミレイア・ベスタトリクス)が引き起こすコーヒーの木固有の伝染病でコーヒーの葉にさび状の斑点を付け葉を落とし、やがては木全体を枯らしてしまう。

 
そしてこの伝染病の最も恐ろしいのはその爆発的な伝染力にある。
 空気感染(!)で広まる胞子を根絶するのは不可能に近く、一旦感染が広まると対応が後手後手に回って大流行となるのだ。古くは1860年(紅茶で知られるスリランカはかって有数のコーヒー産出国だった。世界で初めて「さび病」が確認されコーヒー産地が全滅するまでは)そして1970年頃の流行を経て現在は第3次パンデミック(大流行期)だとも言われている。

こうした中、各国のコーヒー産出国も決して手をこまねいていた訳ではなく様々な対策を施してきた。  中でもコロンビアコーヒー生産者連合会、FNC "Federacion Nacional de Cafeteros de Colombia"が2007年にとった大胆な方策には世界中のコーヒー関係者が度肝を抜かれたと言ってもよい。
彼らはかって「コロンビア・マイルド」として世界から愛されていた木を病害虫耐性の高い 「ハイブリッド品種」に国をあげて転換したのだ。(この5年計画で実施された大転換により2000年代前半の1,200万袋から800万袋にまで一気に落ち込んだ生産量は2014年現在も元には戻っていない。転換自体が間違っていたというよりは2010、2011年の大雨に起因する凶作の影響が大きいが) 果たして「古き良きコロンビア・マイルド」の味を捨て、安定的な供給を目指したその方策は正しかったのか。

2014年、ほぼ収穫が一段落した現地を調査した限り、壊滅的な被害の広がる中米各国の状況と比べるとコロンビアの状況は比較的ましだったという判断が出来そうだ。 コロンビア北部マグダレナ州、欧米諸国ではリゾート地として名高いサンタマルタからシエラ・ネバダ山脈周辺へのびる産地は「古き良きコロンビア・マイルド」が比較的現存している。 併せてさび病の被害も軽微であった様だ。被害の大きい低地での調査は実施していないので全体的な状況までは把握出来ていないが品質の良いカップが生まれる高標高では全く確認出来なかった。
 

リゾート地で知られるサンタマルタから車で3時間。シエラ・ネバダ奥深くにコーヒー産地はある
 

前述のコロンビアFNCが植え替えを推奨したハイブリッド種には大きく分けて2世代存在する。
第1世代の「コロンビア種」(バリエダ・コロンビアと呼ばれる事も多い)は突然変異したロブスタ種(病気耐性が非常に高いがカップ品質が落ちる品種)とアラビカ種を交配させて生まれたティモール種をベースに開発された品種で結果から言うと完全に失敗であった。ロブスタの血が濃すぎてカップ品質が改良に改良を重ねても一向に改善されなかったからである。賢明な生産者の多くは(特にカップ品質を重視したスペシャルティコーヒーの生産者達は)早くから「コロンビア種」には疑問を持っていたらしく、シエラ・ネバダ周辺の産地ではコロンビア全体の比率で考えても比較的少ない様だった

 
原生林の中、馬で進む

いや、むしろ海沿いから急激に標高1,700mまで伸び上がる様な地形により生み出される気候条件を持ちながら、(さび病にも侵されにくい)わざわざカップ品質が落ちる品種を選択肢に入れる必要性がなかったのだろう。
コロンビアの山岳産地共通ではあるが、シエラ・ネバダの産地も総じて急斜面を利用した栽培が基本である。生育条件でのメリットも多い斜面栽培だがメンテナンス面でのデメリットも大きい。しかしそれ以上に結果として得られるカップ品質を考えると、やはりこの方式がBESTなのであろう。

 
雲に覆われた園内が白く燻る

また、コロンビア北部の産地が初訪問であった事もあるかとは思うが、それにつけてもこの産地のスケール感、ダイナミックさには驚かされた。 海からの雲が山にかかり、雲海の中そびえ立つ原生林の中、馬で(コロンビア産地での唯一、そして最も有効な交通手段。ただし海外旅行保険の補償対象外多分)進んで広がってくるコーヒー園を目にした瞬間まず感じた感想は「ここは旨い」。様々な産地を目にしてきたが収穫も終わり、全く何もない状態で農園を見てこの様な感想を持つ事は自身でもあまり記憶がない。
(当然、視察後にカップ品質を確かめて自身の直感の正しさを認識したのは言わずもがな)

 
シエラ・ネバダからサンタマルタに沈む夕日を望む
 

 

オズワルド氏自慢のコーヒーガーデンにて
 

 さてコロンビアが開発したハイブリッド種について話を戻そう。
悪評高いコロンビア種(後年FNCも失敗を認めた)に変わって登場したのが「カスティージョ種」だ。コロンビア種を選別し世代を重ねて異種交配する事で生まれた新世代は(FNCは交配種を公表していない。コロンビア種が入っているのは間違いないが、たっぷり枝なりに実を付ける姿と、その名前から察するに「カツーラ種」は入っていそうだ)徐々にそのカップ品質を高め、単一でのカップ評価がスペシャルティグレードに達するものも出てきている。

今回の視察でも数カ所か確認する事が出来たので、(カップ品質も含めて)「古き良きコロンビア・マイルド」を愛する我々がいずれは単一品種で取り扱う可能性を否定する事はしないでおきたい。 コロンビアでの取扱いでは長い付き合いにあるEl Roble農園。メサデ・ロス・サントス農園のブランド名はヒロコーヒーをご利用頂いた方なら一度は目にして頂いているだろう。例に漏れずメサデ・ロス・サントス農園もさび病被害の影響はあった様だが、我々が訪れた際にはついぞ、さび状の斑点を目にする事はなかった。
オーナーのオズワルド氏曰く「完全に駆逐した」との事。

 

たしかに園内の所々で不自然に間引きされた木を見かけたが(病気に冒された木を排除する間引きが最も効果的との事)それ以上に深緑色に光る健康的な木々が印象に残った。我々がカップクォリティと並んでこの農園を評価しているのが「ブレない品質」だ。ブレないという事はすなわちクォリティ・コントロールが機能している事を指す。実は農作物であるコーヒーはこれが難しい。毎年変わる条件の下、「同じ品質」を「変わらず供給」する事の難しさは他の農園の苦労を見れば容易に想像がつくがメサデ・ロス・サントス農園は「進化し続ける事」で「変わらない事」を実現している。

 


どこを撮ってもいちいち絵になるのがこの農園


かなりワイドなレンズを付けても収まりきらないスケール感
 

2007年に初訪問した時から比べても栽培面積から集積所、ウエット・ミルと呼ばれる1次加工施設、乾燥場と新規施設を枚挙すれば片手に余る。中でも目を引いたのはバイオラボで「さび病」対策として培養されている「さび病耐性を持つ菌」または「弱いさび病菌(予め木に感染させる事で耐性を上げる)」の開発、培養である。
じつは1860年に発見されたさび病菌と今の菌は別ものである。さび病菌も農薬等の耐性を持つ事で変化しているのだ。効果の高い農薬を使用しても、さらに耐性を持った菌が生まれるのはインフルエンザ・ウィルスと同様か。これに対応するには自然界に存在する菌を利用するのが効果的だとするオズワルド氏の考え方には一理も二里もある。(やはりダテにオーガニック農法で自然にもまれてはいないと言う事か)

 
ラボで培養中の菌類
 

園内散策の仕上げはやはり馬で

園内を案内してくれたデザイナーのマリア。この娘が一番馬に乗れなかったのはご愛嬌♪
 
 

農家の収入を守るため現時点で品質が落ちても耐性のあるハイブリッドに転換しようとしたFNCの取り組みは否定しない。(さび病耐性のあるティピカ種まで転換対象にしたのは今でも大きなミスだとは思うが)
一方で自然の摂理に大きく逆らわず「古き良きコロンビア・マイルド」を守る取り組みもまた正しい。コーヒー業界とさび病の戦いは終わらない。 いずれ収束するだろう現在の第3次パンデミックを乗り越えたとしても、長い休眠期間を経てさび病は必ず目を覚ます。 その時に個々の取り組みがそれぞれ効果を上げ、進化した「古き良きコロンビア・マイルド」がさび病を駆逐する事を願いこの報告のまとめとしたい。

 
自然と向き合いコーヒーを守る生産者達にエールを!
ヒロコーヒー
焙煎責任者 山本光弘
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