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アフリカに足を踏み入れた私がまず向かったのはタンザニア北部モシ地方。 キリマンジャロ山の麓に位置する世界有数のコーヒー生産地である。 訪問したのはドイツ系移民、メドック夫妻が運営するマチャレ/ウル農園だ。 なぜここを最初の訪問地に選んだのか。 現在、私達が最も力を入れているサステイナブル・コーヒーのひとつの完成形がここにあるからである。 園内に掲げられたFARM RULE(農園規約)にアフリカ初のレインフォレスト認証を得たメドック夫妻の運営方針が表れている。
「私達は以下の方針で農園の運営にあたっています。(要約) ●環境 コーヒー生産エリアのみならず、保護区の環境を守り保存していきます。 また、周辺住民が環境問題、すなわち、樹林管理や土壌浸食防止、調和のとれた害虫駆除などにつ いての意識を高めるよう、働きかけています。 ●自然環境保護 農園の自然保護区が、野生動物の心地よい住み家や通り道になるよう保護します。 野生動物のへのいかなる狩猟行為および、わなをかけることを禁止します。 ●健康のために 農園で働く人々のために定期的に健康に関するセミナーを開きます。 私達には農園で働く人々が健康な状態でいられるようにしておく責任があります。 ●自然環境保護 農園の自然保護区が、野生動物の心地よい住み家や通り道になるよう保護します。 野生動物のへのいかなる狩猟行為および、わなをかけることを禁止します。 ●労働者および働く人々の福利 男女の格差なく平等に昇進させます。 私達はいかなる種類の差別も非難します。 慈愛に満ちた言葉にメドック夫妻の人柄が見えると言えば言い過ぎか。 しかし農園内を散策すればそのオーナーの考え方は手に取る様に伝わってくる。 特にこの農園はベンテ・メドック夫人のコーヒー生産と環境に対する姿勢が色濃く反映され、非常に女性的で優しい空間であった。 力のある葉色をしたコーヒーと大きく枝を張り出し強い日差しから幼木を護るシェイドツリー。 小鳥と動物達が暮らす自然保護エリアとそれを見下ろす様にそびえる圧倒的なキリマンジャロ峰。聞けばレインフォレストの認証審査は加点法で100点中80点で合格のところ、同農園は99.75の評価だったという。 照れながらも、しかし誇らしげにそう話してくれた夫人に同じくコーヒーに携わる者として強い共感を憶えた。
旅の終わり、コーディネーターがある民家の裏手にある1本の古木を見せてくれた。 大きく張り出した枝に苔むした太い幹。 多くの農園を視察してきた私でもそれがコーヒーの木である事に気がつくまでに随分時間がかかってしまった。 人の手を寄せ付けず、しかし人が寄り添うのを否定もせず、その木は家人がその地に移り住んで来た時から可憐な花を咲かせ、その実りを分け与えてきた。 人はその実を摘み、誰に教わる事なく最新のオーガニック農法とされるマルチング(腐葉土の循環利用)で木を護り続けてきた。 しかし現在ではこのコーヒーを切り倒してチャットを植える人々も多いという。 チャット1kg=750円、コーヒー 1kg=180円。言うまでもなくチャットは「もうかる作物」なのだ。 数年後、この古木はまだ人々と寄り添っている事が出来るだろうか。 コーヒーの木陰でチャットを噛みながら遠巻きに異国人を見つめる人々たちの背後には、数千年をまたいだ神話時代の痕跡と先進国に搾取されてきた歴史が見え隠れする。 アフリカ。 人とコーヒーの原初の地にかってを彷彿させる懐かしい未来はあるのか。 それにはコーヒーに携わる生産国の現状をもっと私達は知る必要がある。 原初の地に生まれた人類が長い旅を経て再びここに戻って来たとき、その変化の中で見出すべき道標は人々と寄り添ってきたこの古木なのかも知れない。